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君は手ぶらでやってきた  職場に向かう電車を途中で降りて、その川沿いの駅から歩いて5分、知的障害者のための通所授産施設があって、そこの中の喫茶店に時々コーヒーを飲みに行く。  ギャラリーとしてもいろんな展示をしており、ときにはそこへ通う人たちの描いた作品も飾られる。  新開地にナフシャがあった頃、そこでこの「すずかけ作業所」や「信楽青年寮」等の施設に通う知的障害者が描いた絵の展示を見る機会があり、以来いわゆる「アウトサイダーアート」というやつにすっかり頭を殴られてしまった。   [注。さっきから何度も「知的障害者」だとか「アウトサイダーアート」とか座り心地の悪い言葉を書いていて、書きながら気になって仕方がない。  だが、兵庫県立美術館の学芸員でアウトサイダーアート(仮)の紹介に尽力している服部正君(光文社新書『アウトサイダー・アート』の著者)はたまたま僕の大学時代からの友人だが、彼も「アウトサイダー・アート」という言葉を使っていることだし、座り心地の悪さはさておきそのまま使うことにする。  「知的障害者」も、もう少し他に言い方はないものか、とは思いつつ、かしわ哲氏の言う「あったかさん」まではさすがにクダける勇気がなく、これまたモゾモゾしながら「知的障害者」と仮に書かせていただく。]   作家名をメモし損ねたのが今となっては悔やまれるのだが、ナフシャで見た、信楽青年寮で絵を描く人達の誰かが描いたピアノを弾く男の後ろ姿の絵に一撃で参ってしまった。今から思えばあれが出会いだったのか。  その後服部正君や jack or jive の服部夫妻(服部誠さんは服部正君の実兄)の影響もあって、求龍堂から出ている画集を買ったり、機会があれば展示を見たりして興味は持ち続けて来た。   しかし、言ってしまえばその程度の関わりなので、アウトサイダーアートについて、もしくは知的障害者の芸術活動一般について、僕には偉そうに語る知識も資格もない。  せっかく友人に専門家がいるわけだし、今後もっと関わりも持って行けたらいいなとは思うんだけれども。   ・・・・・・   でも一度でも彼らの絵を見たことがある人、彼らの絵に頭を殴られたことのある人はいると思う。  今日はそういう経験がある人に向けての話題。   その武庫川すずかけ作業所の喫茶室の書架に置いてある、古い展覧会の図録の扉に、田口誠という人の書いた「かた夜の脇道」という詩が載っていて、毎回そこに行くとつい手に取って読んでしまう。 この詩が、なんとも、とてつもなくかっこいい。  何度行っても、また手にとってしまう。  あまりにかっこいいので、作者の田口誠という人はてっきり名のある詩人か何かだと思っていたが、Googleで検索してみても全く引っかかってこない。   全文紹介したいのだが、著作権ということもあるし、こんなところに転載していいものやら悪いものやら。許可をとろうにも田口誠さんが誰かもわからない。   いいかな? いいよね? 問題あったら指摘して下さい。すぐ削除します。  よし転載しちゃおう。  彼らの絵に衝撃を受けたことのある人、その最初の衝撃を思い出しながら読んで欲しいです。  この輝く言葉の価値があなたにもわかると思うので。   ・・・・・・   かた夜の脇道  田口誠   足は遅いが早喰いだった  人間の顔はひょっこりと  そんなところに見つかるものだ  昼の光は遅れてとどく  まっすぐな道は曲がって見える  知ることの障害をひんがらめ  脇目をふって脇道をひらけ  白黒をはっきり混ぜて  青くなる  専もん家の口に迷わず  先入観の先に入る  ホラ君がまたへんなところで  へんに偏る  へんな姿にへんに打たれる  しへんの和は360度  展開して  神様はいつもまる裸とも  人間ははしっこが美しい  ともいえる角度も吹きはらい  晴れた空  不思議な星座を眺めていたい  (あれがすずかけ座遊星群)  あらゆる見方を味方とせず  ! としかいいようがないになって  絵の前にでっくわす  はや  鳥となり  素手に言葉も猿  ヨーココ  ヨーココ!  
君は手ぶらでやってきた    (初出: kamauchi blog )

君は手ぶらでやってきた 職場に向かう電車を途中で降りて、その川沿いの駅から歩いて5分、知的障害者のための通所授産施設があって、そこの中の喫茶店に時々コーヒーを飲みに行く。 ギャラリーとしてもいろんな展示をしており、ときにはそこへ通う人たちの描いた作品も飾られる。 新開地にナフシャがあった頃、そこでこの「すずかけ作業所」や「信楽青年寮」等の施設に通う知的障害者が描いた絵の展示を見る機会があり、以来いわゆる「アウトサイダーアート」というやつにすっかり頭を殴られてしまった。 [注。さっきから何度も「知的障害者」だとか「アウトサイダーアート」とか座り心地の悪い言葉を書いていて、書きながら気になって仕方がない。 だが、兵庫県立美術館の学芸員でアウトサイダーアート(仮)の紹介に尽力している服部正君(光文社新書『アウトサイダー・アート』の著者)はたまたま僕の大学時代からの友人だが、彼も「アウトサイダー・アート」という言葉を使っていることだし、座り心地の悪さはさておきそのまま使うことにする。 「知的障害者」も、もう少し他に言い方はないものか、とは思いつつ、かしわ哲氏の言う「あったかさん」まではさすがにクダける勇気がなく、これまたモゾモゾしながら「知的障害者」と仮に書かせていただく。] 作家名をメモし損ねたのが今となっては悔やまれるのだが、ナフシャで見た、信楽青年寮で絵を描く人達の誰かが描いたピアノを弾く男の後ろ姿の絵に一撃で参ってしまった。今から思えばあれが出会いだったのか。 その後服部正君や jack or jive の服部夫妻(服部誠さんは服部正君の実兄)の影響もあって、求龍堂から出ている画集を買ったり、機会があれば展示を見たりして興味は持ち続けて来た。 しかし、言ってしまえばその程度の関わりなので、アウトサイダーアートについて、もしくは知的障害者の芸術活動一般について、僕には偉そうに語る知識も資格もない。 せっかく友人に専門家がいるわけだし、今後もっと関わりも持って行けたらいいなとは思うんだけれども。 ・・・・・・ でも一度でも彼らの絵を見たことがある人、彼らの絵に頭を殴られたことのある人はいると思う。 今日はそういう経験がある人に向けての話題。 その武庫川すずかけ作業所の喫茶室の書架に置いてある、古い展覧会の図録の扉に、田口誠という人の書いた「かた夜の脇道」という詩が載っていて、毎回そこに行くとつい手に取って読んでしまう。 この詩が、なんとも、とてつもなくかっこいい。 何度行っても、また手にとってしまう。 あまりにかっこいいので、作者の田口誠という人はてっきり名のある詩人か何かだと思っていたが、Googleで検索してみても全く引っかかってこない。 全文紹介したいのだが、著作権ということもあるし、こんなところに転載していいものやら悪いものやら。許可をとろうにも田口誠さんが誰かもわからない。 いいかな? いいよね? 問題あったら指摘して下さい。すぐ削除します。 よし転載しちゃおう。 彼らの絵に衝撃を受けたことのある人、その最初の衝撃を思い出しながら読んで欲しいです。 この輝く言葉の価値があなたにもわかると思うので。 ・・・・・・ かた夜の脇道  田口誠 足は遅いが早喰いだった 人間の顔はひょっこりと そんなところに見つかるものだ 昼の光は遅れてとどく まっすぐな道は曲がって見える 知ることの障害をひんがらめ 脇目をふって脇道をひらけ 白黒をはっきり混ぜて 青くなる 専もん家の口に迷わず 先入観の先に入る ホラ君がまたへんなところで へんに偏る へんな姿にへんに打たれる しへんの和は360度 展開して 神様はいつもまる裸とも 人間ははしっこが美しい ともいえる角度も吹きはらい 晴れた空 不思議な星座を眺めていたい (あれがすずかけ座遊星群) あらゆる見方を味方とせず ! としかいいようがないになって 絵の前にでっくわす はや 鳥となり 素手に言葉も猿 ヨーココ ヨーココ!

君は手ぶらでやってきた (初出: kamauchi blog )