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<rss version="2.0"><channel><description>main site Flickrweblog

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kamaneko@kpb.biglobe.ne.jp</description><title>kamauchi hideki</title><generator>Tumblr (3.0; @kamauchi)</generator><link>http://kamauchi.tumblr.com/</link><item><title>薬棚には薬が必要</title><description>&lt;p&gt;島田紳助の司会でやってる『深イイ話』（日テレ）を、半分アホらしいと思いながらもたまに観ている。&lt;br/&gt;アホらしい、というのは、出展のはっきりしない話を視聴者からの公募で集めてたれ流しで放送して、なんか責任逃れをしているようなユルさに対しての批難である。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;たとえばスナフキンが「人を崇拝しすぎちゃいけないよ。かえって自分の心が不自由になるから」なんてセリフを言った、う～ん、深くてイイ話だ、心のレバーをグイッ・・・まぁ、スナフキンのこのセリフはたしかに良いけれど、どうしてこれを視聴者からの投稿という形で伝えねばならないのか。どうせ伝えるならば、このセリフは第何回のムーミンアニメの第何話で、もしくはトーベ・ヤンソンの原作の第何巻で、どういう場面でスナフキンが誰々に向かって言ったセリフである、というフォローは当然必要だ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;ある逸話を、どの文脈で、どういう切り取り方で伝えるか。やりようによっては原作者の意図をねじ曲げる結果になることもあるだろう。いや、意図してねじ曲げるくらいテレビ局の常套手段なのであるから、そういう部分を「視聴者投稿」に責任転嫁するやり方が、どうにもこうにも腹が立つのだ。&lt;br/&gt;ていうか、本当に視聴者投稿なのか？　とまで勘ぐってみたりもして。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;まぁ、出てくる話が実にたわいもない話ばっかりなので今のところブーブー文句を垂れるほどのこともないのだけれども。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;しかしこの前、この番組で不覚にも黒澤明ネタで感動。&lt;br/&gt;『赤ひげ』撮影中に、セットの薬棚（引き出しの中は外から見えない）に、ちゃんと薬を入れていないじゃないか！　撮り直せ！　と黒澤明が怒ったという話。&lt;br/&gt;川合俊一の「ああ、わかるわかる。バレーの試合でも、どんなに走っても絶対に追いつかないってわかってるボールにさ、無理だってわかっててもチームメイトが走っていって、頭から行って、やっぱり全然届かない、とかあるわけですよ。あいつ絶対に届かないのに頭から行っちゃったよ、てのが、同じチームの人間のテンションをぐわーっとあげちゃうわけですよ」という熱血フォローも妙に合ってたし。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;こんな番組に感銘を受けてよいのか、と若干苦々しく思いつつ、画面に映ろうが映るまいが、薬棚には薬がなくてはいけない、という黒澤明に、思わず心のレバーを前押ししてしまった私だ（完敗）。&lt;br/&gt;僕は別に黒澤明の熱心なファンではないけれど、もう一度代表作全部見直してみようか、なんて思いましたもん。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;話を写真に置き換えて考える・・・・なんてことはしない。川合俊一以上の比喩を出せる自信がないから（笑&lt;br/&gt;でも「薬棚には薬がなくてはいけない」なんて、ふと気がつけばつぶやいていたりして。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;そうだよねー。薬棚には薬が必要なんだよ。ぶつぶつ。ぶつぶつ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href="http://kamauchi-bbs.4.bbs.fc2.com/"&gt;(kamauchi BBS)&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/42957610</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/42957610</guid><pubDate>Mon, 21 Jul 2008 12:14:00 +0900</pubDate></item><item><title>Photo</title><description>&lt;img src="http://media.tumblr.com/NOV7qtn4wbfm98rlIoZhuN2Y_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/42289991</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/42289991</guid><pubDate>Tue, 15 Jul 2008 14:30:45 +0900</pubDate></item><item><title>表面以外</title><description>&lt;p&gt;写真っていうのは表面しか写らない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;人の「内面を写す」とか、そういう甘っちょろいことを考えてはいけない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;写真ってのはそういう大層なものではない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;大体内面って何だよ、とか思うし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんな、写真一枚で「表現」できてしまうような薄っぺらい人なんていない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;いるかもしれないけど、そんな人の写真が面白いかどうかわからない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;写真は瞬間しか写らないが、人って瞬間瞬間を拾って語れるものではない。そういう無数の瞬間の連続であり、寄せ集めであり、混沌であり、総体であり、部分である。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そんなわけのわからないものの、ほんの一瞬を切り取っただけのことに、どうしてそんなに過剰な意味づけを求めるのか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;瞬間なんて、たかだか瞬間でしかないんだぞ、ということを確認したくて撮るのが写真なんじゃなかろうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;と、常々思っているんだけれど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;・・・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうだよ写真は表面しか写らないんだよ。だからその表面を頑張って綺麗に撮ってあげるのよ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;と何かでアラーキーが言ってた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;・・・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;杉浦日向子の、死ぬ数ヶ月前のポートレートがある。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;撮ったのはアラーキー。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;杉浦日向子の「表面以外」が写ってるような気がしてしかたがない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;いや、写っている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;100年に1枚の写真だと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;凄すぎて、他の杉浦日向子の写真が後ろへ吹っ飛んでしまう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;杉浦日向子といえば、もうこのポートレートしか思い出せなくなってしまう。こういうのが写真の怖さなんだな、と思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;でも、アラーキーにお礼を言いたい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;こんな凄いポートレートを残してくれて、本当にありがとう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;*（白水社『写真ノ話』、スイッチ・パブリッシング『空事』等に収録）&lt;/p&gt;


&lt;p&gt;（初出：&lt;a href="http://kamanekoblog.blog58.fc2.com/blog-entry-305.html"&gt;OK, Darling. But What is Photograph?&lt;/a&gt;）&lt;/p&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/40246785</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/40246785</guid><pubDate>Sun, 29 Jun 2008 12:46:00 +0900</pubDate></item><item><title>Photo</title><description>&lt;img src="http://media.tumblr.com/NOV7qtn4waskqu1j39bmrhYj_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/40241323</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/40241323</guid><pubDate>Sun, 29 Jun 2008 11:30:28 +0900</pubDate></item><item><title>Photo</title><description>&lt;img src="http://media.tumblr.com/NOV7qtn4waskqmsq0fA8b3Uk_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/40241298</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/40241298</guid><pubDate>Sun, 29 Jun 2008 11:30:09 +0900</pubDate></item><item><title>Photo</title><description>&lt;img src="http://media.tumblr.com/NOV7qtn4waskq7tpGaNtZotD_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/40241268</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/40241268</guid><pubDate>Sun, 29 Jun 2008 11:29:49 +0900</pubDate></item><item><title>Photo</title><description>&lt;img src="http://media.tumblr.com/NOV7qtn4waskkiv8d0jiSzhj_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/40240895</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/40240895</guid><pubDate>Sun, 29 Jun 2008 11:25:33 +0900</pubDate></item><item><title>Photo</title><description>&lt;img src="http://media.tumblr.com/NOV7qtn4waskety19zB2YR0W_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/40240534</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/40240534</guid><pubDate>Sun, 29 Jun 2008 11:20:58 +0900</pubDate></item><item><title>Photo</title><description>&lt;img src="http://media.tumblr.com/NOV7qtn4wa52805pNkpc38hN_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/38150290</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/38150290</guid><pubDate>Fri, 13 Jun 2008 00:33:39 +0900</pubDate></item><item><title>Photo</title><description>&lt;img src="http://media.tumblr.com/NOV7qtn4w9tnomcmk0SfJo9y_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/37160998</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/37160998</guid><pubDate>Thu, 05 Jun 2008 01:01:43 +0900</pubDate></item><item><title>Photo</title><description>&lt;img src="http://media.tumblr.com/NOV7qtn4w9ss4krreCgnbn4M_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/37081032</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/37081032</guid><pubDate>Wed, 04 Jun 2008 10:18:18 +0900</pubDate></item><item><title>Photo</title><description>&lt;img src="http://media.tumblr.com/NOV7qtn4w9ss31yvDmwd5wBI_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/37080970</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/37080970</guid><pubDate>Wed, 04 Jun 2008 10:17:10 +0900</pubDate></item><item><title>Photo</title><description>&lt;img src="http://media.tumblr.com/NOV7qtn4w86j3whv6LYpoMqM_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/32708882</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/32708882</guid><pubDate>Thu, 24 Apr 2008 15:57:12 +0900</pubDate></item><item><title>OK,Darling. But What is Photograph? (3)</title><description>コンセプト、だとかテーマだとか、そういうのは苦手です。&lt;br/&gt;すべてアートは言葉で説明する必要がある、というのが、そもそも違うと思うのです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;写真ギャラリーに行くと、「作家さん」が聞きもしないのにテーマを語ってくれたりする。&lt;br/&gt;「他者とのナントカ」とか「関係性の虚構がドウタラ」とか、なんかさぁ、タシャとかキョコウとか、無理矢理いかめしい言葉探してないか？　なんて思ってしまうんですよね。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;もちろん、写真の力を最小限の言葉が効果的に補強する、写真と言葉、双方が支え合う、理想的な関係を結べている作家も少なからずおられるのですが、写真だけ見てればかっこいいのに、余計な言葉で逆に自分の写真を狭い檻の中に囲い込んでしまってる人も多いように思います。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;使い古された言い回しで恐縮ですが、やっぱり、言葉で説明できないものを写真で語りたいんです。&lt;br/&gt;それじゃ駄目です。作家は作家の言葉で、作品を説明できなければいけないのです、とたとえば安友志乃なんかが言う。&lt;br/&gt;そうだろうか。&lt;br/&gt;写真に言葉って、本当に必要だろうか。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;写真に言葉は不要ですが、写真を見ればどれだけの言葉を写真に向かってぶつけてきた人かはわかります。費やされた言葉の総量が、ちゃんとプリントに出ると思います。&lt;br/&gt;それをわざわざ言語で被せる必要があるだろうか。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;・・・・・&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;本当に素晴らしい写真には言葉なんか必要ない。&lt;br/&gt;ロバート・フランクの写真、ヨゼフ・クーデルカの写真を、僕は大好きだけれども、別に彼らの写真集の英文解説を一所懸命に読まなくても、写真のうしろにちゃんと千語万語の言葉が尽くされている。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;そういう写真を見たいし、できれば自分で撮りたいと思うのです。&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/32708739</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/32708739</guid><pubDate>Thu, 24 Apr 2008 15:55:47 +0900</pubDate></item><item><title>Photo</title><description>&lt;img src="http://media.tumblr.com/NOV7qtn4w86j112gkeRkTk4p_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/32708651</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/32708651</guid><pubDate>Thu, 24 Apr 2008 15:54:41 +0900</pubDate></item><item><title>OK,Darling. But What is Photograph? (2)</title><description>モノクロ写真とは何か、という答えを、僕はまだ出せていません。&lt;br/&gt;このデジタルのご時世に、なぜまだモノクロ写真なのか。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;これは、考えれば考えるほど、自分に不利な答えしか出てこないのです。&lt;br/&gt;自分の考える写真は、どう考えても、モノクロである意味がない。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;モノクロであることに甘えているのではないか。&lt;br/&gt;手仕事、とか、そういう響きのいい言葉で自分を騙しているのではないか。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;保存性、というのも言い訳にすぎません。この顔料プリンターのある時代に。&lt;br/&gt;バライタ紙の物質感、といったところで、それが唯一無二の選択肢であるとも思えません。&lt;br/&gt;そして、物質的な質感だけで写真の良し悪しを語るのは嫌いだ、と常々言ってる手前、自分の中での整合性もとれません。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;・・・・・・&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;自分の中ですでに予感としてあるのは、いつか遠からず、銀塩を捨ててデジタルカメラを持つようになるだろうということ。&lt;br/&gt;感材がどうせ手に入らなくなるだろうから、というのもあります。&lt;br/&gt;銀塩感材という「物質的」なものに対するノスタルジアだけで写真を撮っているのではない、という思いもあります。&lt;br/&gt;同じことをデジタルカメラで出来ないわけがない。多少のプロセスと、気構えが違うだけではないか。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;ならば今どうして銀塩で、しかもモノクロなのか。&lt;br/&gt;写真の歴史に対する敬意であるのか。&lt;br/&gt;昔からの技術に対する興味と憧憬？&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;液温と露光時間、コントラストフィルターや印画紙の号数で刻々と表情を変える銀画像の生き物のような姿に対する興味であり、それ以前に暗箱の中での光の受け渡しと結像のドラマの一番シンプルな結論であるモノクローム画に対する興味である。&lt;br/&gt;また、そういった手仕事の技術、経験といったものが写真に何かを付与できるという思いこみ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;それは一面、たしかにあるだろうし、否定しないけれども、同時にそれが一面錯覚にすぎないのではという認識も、ちゃんとあるのです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;・・・・・・&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;そういう風に思いながらも、今はその答えを先延ばしにしている状況です。&lt;br/&gt;もちろん、銀塩感材の歴史が終焉を迎えようとしているからです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;自分に必要であるかどうかは、今はわざと判断保留にしておくと決めました。単純に感材の違いであるという、それだけの意味からすれば、それが使えなくなるなら先に使っておけ、という、本論とはズレた理由からの枷をかけたことになります。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;デジタルカメラでモノクロの写真を撮る意味を、少なくとも僕は見いだせません。デジタルカメラを使うようになれば、飯沢耕太郎がいうようにモノクロは一つの特殊表現という地位しか与えられなくなるでしょう。&lt;br/&gt;特殊表現という地位に押し込められれば、余計に「モノクロである理由」が必要になります。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;モノクロで写真を撮るという行為が背負ってきた意味をちゃんと解くことができないまま、感材がなくなるという外からの要因によってその存在が消えようとする。&lt;br/&gt;その前に、少なくともモノクロ写真について考えることは必要だと思います。&lt;br/&gt;そして考える時間は、どうやら今しかなさそうなのです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;これが僕が暗室でモノクロプリントを作る、今現在の理由です。&lt;br/&gt;非常に消極的な理由に聞こえますか？&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;いずれ捨てなくてはならないことがわかっていて、そのための助走なのだ、とも言いくるめることが出来ます。&lt;br/&gt;冷静なフリをして書いていますが、本当は胸が痛いのです。&lt;br/&gt;胸が痛い理由も、写真の謎として問うていかねばならんのです。&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/32708321</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/32708321</guid><pubDate>Thu, 24 Apr 2008 15:50:38 +0900</pubDate></item><item><title>Photo</title><description>&lt;img src="http://media.tumblr.com/NOV7qtn4w86ituwyMVTJR6lH_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/32708121</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/32708121</guid><pubDate>Thu, 24 Apr 2008 15:48:53 +0900</pubDate></item><item><title>OK,Darling. But What is Photograph? (1)</title><description>なんだか写真以外の話がしばらく続いたので、たまには真面目に写真のことを考えてみようかと。&lt;br/&gt;大体どうして僕は写真を撮るのか。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;・・・・・・&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;自分でわかってることは、過去に撮られたある種の写真たち、世界中の、有名無名な写真家に撮られてきた数々の写真があって、何とも説明の出来ない、得体の知れない魅力と謎を持ってそこに屹立しているということ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;森山大道の三沢の犬でもいいし、クーデルカの楽器を弾くジプシーの写真でもいい。フリードランダーが我が娘を写したモノクロでも、ダイアン・アーバスの障害者施設の写真でもいい。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;今まで僕の度肝を抜いてきたある種の写真たち、その度肝の抜かれ方を、僕はうまく言葉で説明できないのですが、圧倒的な力を、抜かれた心臓の痛みで覚えているわけです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;しかしさらにびっくりすることには、そういう写真の力を（残念ながら常にではないのですが、ごくまれに）自分の写真からも感じることがあるということ。&lt;br/&gt;自分の撮った幾枚かの写真の中にも、撮った本人の心臓を抜いていくような、そういう力を帯びたものが、まれとは言いながら、確実に存在するわけです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;これはよく考えたらおかしなことで、しかしもっとよく考えたら別におかしいことでもないのかもしれない。&lt;br/&gt;別 に僕に特殊な才能があるわけでも何でもない。そういう写真が撮れたとして、そんなのまぐれだとか、偶然だとか、そう言われても別にかまわない。というか、 偶然やまぐれを味方にできるというのが写真の特性であり、むしろそういったものを味方に付けていけば、自分の現在の美意識というものを壊すものさえ作れ る、というのは、写真という表現ジャンルの、ある種特権でもあるわけです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;写真機という、自分の血肉ではない異物を使ってしか写真は撮れない、その異物が生み出す自分の美意識との微少な差異が、美意識自体を食う。&lt;br/&gt;森山大道の三沢の犬は、シャッターを押す前に森山大道が頭の中で完璧に設計図を描いたそのまんまが写っているのかというと、そんなわけはない。&lt;br/&gt;あるひらめきとか感応があって、写真家はカメラを向ける。ある程度の予測と、その予測に近づけるための写真機への習熟と、それがどういう露光を得てどういう画を得るかという技術的知識があって、シャッターが押される。&lt;br/&gt;しかし、写真は絶対に何かを裏切るのです。&lt;br/&gt;その裏切りが、時として心臓を抜くような力を持つ。不意打ちのようにそれはやってくる。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;僕は小粋な言葉は使えないので、単刀直入に「写真の謎」と呼んでいます。そのまんまやん、と言わないで下さい。本当に謎としか表現しようがないのです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;そ の謎と格闘することが写真を撮るという行為の唯一の動機なのですが、その謎は踏み込めば踏み込むほど自分の美意識（と仮に呼んでいるけど、この「美意識 （仮）」自体も、自分の中の謎みたいなもんですよね）は組み替えられ変形していくわけですから、この「謎と格闘する」ということ自体の意味すら、よくわか らなくなってきます。謎が謎に食われるとでも言うか。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;・・・・・&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;僕が撮る写真には特定の被写体というのはなくて、何か自分を裏切ってくれそうなものを探して歩いている感じ。&lt;br/&gt;比較的人物の写真が多いのは、人物写真がいちばん自分の意図を裏切ってくれるからです。&lt;br/&gt;人を撮ると、必ず事前に思い描いた画よりも、良くも悪くもズレてくれます。逆に思い描いたとおりに写ってしまったりしたときには、自分でまったく面白いと感じない。やはり何らかの裏切りを期待してシャッターを押している部分があるのです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;被写体というのは、正直、別に何でもいいんだろうと思います。謎に一歩踏み出すためのきっかけでしかない。&lt;br/&gt;人物を撮っても、僕はもちろん、その人物写真でその人の中の何かを「表現」しようなんて露とも思っていません。撮ればその人の何かがわかるなんてのも、もちろん嘘に決まってる。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;でも撮影者の、そして被写体の思惑も無視して、何かが写ることがある。その何かが写ってしまうという、写真のからくりが、僕にはとても興味深く思えるのです。</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/32648735</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/32648735</guid><pubDate>Thu, 24 Apr 2008 02:14:29 +0900</pubDate></item><item><title>Photo</title><description>&lt;img src="http://media.tumblr.com/NOV7qtn4w71lukqrtFtwnun7_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/29913746</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/29913746</guid><pubDate>Thu, 27 Mar 2008 00:36:16 +0900</pubDate></item><item><title>Photo</title><description>&lt;img src="http://media.tumblr.com/NOV7qtn4w71lsnyoSDaWIHUV_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description><link>http://kamauchi.tumblr.com/post/29913607</link><guid>http://kamauchi.tumblr.com/post/29913607</guid><pubDate>Thu, 27 Mar 2008 00:34:52 +0900</pubDate></item></channel></rss>
